マーティン・スコセッシ監督の傑作マフィア映画『グッドフェローズ』。劇中で描かれるギャングたちのリアルな生き様は今なお多くの映画ファンを魅了していますが、注目すべきはストーリーだけではありません。
作中に登場する華やかな衣装や巨大なアメ車、そして何気ない日常の描写には、1970年代から1980年代当時のアメリカの最先端カルチャーや社会背景が色濃く反映されています。
この記事では、作中の印象的なシーンやセリフをもとに、当時のファッション、車両、そして意外な食文化や生活習慣にいたるまで、時代背景を交えて詳しく考察・解説します。映画をより深く楽しむための資料です。
A:「この時代、エビが流行ってた?」
実はこの時代、アメリカ(特にニューヨークなどの大都市)で「エビ(Shrimp/Lobsterなどの甲殻類)」が爆発的に売れ、マフィアの格好の資金源(密売・シノギ)になっていたのには、当時の深刻な経済状況と、食文化の劇的な変化という2つの大きな時代背景があります。
なぜ当時、エビがそれほどまでに売れ、マフィアが目をつけたのかを解説します。
1. 高級レストランの爆発的ブーム(「シュリンプ・カクテル」の流行)
1970年代から1980年代にかけて、アメリカでは中産階級や富裕層の間で外食ブームが起こりました。その中で、富やステータスの象徴として絶大な人気を誇ったのが、冷やした茹でエビにスパイシーなソースを添えた「シュリンプ・カクテル」や「ロブスター料理」です。
高級ステーキハウスやイタリアンレストランではエビの需要が急増し、市場は常に品薄状態でした。正規のルートでは高値で取引されていたため、飲食店側は「少しでも安く、大量に手に入れたい」と切望していました。
高級ステーキハウスやイタリアンレストランではエビの需要が急増し、市場は常に品薄状態でした。正規のルートでは高値で取引されていたため、飲食店側は「少しでも安く、大量に手に入れたい」と切望していました。
2. ニューヨークの治安悪化とマフィアによる「物流支配」
1970年代〜80年代のニューヨークは財政破綻寸前で、街は犯罪であふれ返っていました。この混沌とした時代、ニューヨーク全体の魚介類の流通を一手に握っていたのが、泣く子も黙るマフィア(五大ファミリー)でした。
特にロバート・デ・ニーロ主演の映画などの舞台にもなる、マンハッタンの下町にあったフルトン魚市場(Fulton Fish Market)は、ジェノヴェーゼ・ファミリーやボナンノ・ファミリーといったマフィア組織の完全な支配下にありました。彼らは、市場に荷物を運び込むトラック業者からみかじめ料を取り、魚介類の価格をコントロールしていたのです。
特にロバート・デ・ニーロ主演の映画などの舞台にもなる、マンハッタンの下町にあったフルトン魚市場(Fulton Fish Market)は、ジェノヴェーゼ・ファミリーやボナンノ・ファミリーといったマフィア組織の完全な支配下にありました。彼らは、市場に荷物を運び込むトラック業者からみかじめ料を取り、魚介類の価格をコントロールしていたのです。
3. マフィアにとって「エビ(シーフード)」が最高の商材だった理由
セリフにある「すぐさばける(すぐに売り切れる・現金化できる)」という言葉通り、マフィアにとってエビの密売や強盗は非常に効率の良いビジネスでした。
- 足がつかない(証拠が残らない): 盗んだブランド品や貴金属、銃などはシリアルナンバーから足がつくリスクがありますが、エビには番号がありません。盗んで他のレストランに売ってしまえば、調理されて客の胃袋に入るため、警察は絶対に追跡できませんでした。
- 即座に現金化できる: 前述の通り、レストラン側は喉から手が出るほどエビを欲しがっていたため、マフィアがトラックごと強盗してきた盗品のエビや、正規ルートを通さない密輸品のエビであっても、通常の半値ほどで提示すれば、喜んでその場で現金を払い買い取りました。
B:この時代のファッションについて
1970年代から1980年代にかけてのアメリカ、特にニューヨークのストリートやマフィア映画の裏に映る女性たちのスタイルは、「ヒッピー文化の名残り」「ディスコブーム」「好景気によるパワー(力強さ)」が混ざり合い、劇的な変化を遂げた時代です。
前半(70年代)と後半(80年代)に分けて、その特徴を分かりやすく解説します。
1. 1970年代:アースカラーから「ディスコ・グラマラス」へ
70年代前半は、自然を愛するヒッピー文化の影響で、茶色やオレンジ、マスタードイエローといった「アースカラー」が主流でした。しかし、中盤から後半にかけてディスコブームが到来すると、一気にカラフルで派手なスタイルへと変化します。
- カラーと柄: 原色、サイケデリックな幾何学模様、花柄。
- 定番アイテム: 裾が大きく広がったベルボトムのジーンズ、タイトなTシャツ、胸元が大きく開いたドレス。マフィアの愛人(グッドフェローズの妻たちなど)は、原色のサテン生地や、派手なレオパード(ヒョウ)柄のタイトドレスを好んで着ていました。
- シルエット: 全体的に「タイト&ワイド(上はピタッと、下は広がる)」な解放感のあるシルエットが特徴です。
2. 1980年代:大胆不敵な「ネオンカラー」と「パワー・ドレッシング」
80年代に入ると、経済が上向きになり、女性の社会進出も本格化します。ファッションはさらに派手で、過剰で、パワフル(More is more)なものへとエスカレートしました。
- カラーと柄: 蛍光ピンク、蛍光グリーン、イエローなどのネオンカラー(蛍光色)。そしてビビッドな原色のブロックチェックやストライプ。
- シルエット(肩パッド): 80年代を象徴するのが、ジャケットやワンピースに入った巨大な肩パッド(パワーショルダー)です。男性と対等に渡り合うための「強さ」の象徴でした。
- 髪型とメイク: 服の派手さに負けないよう、髪の毛はパーマやスプレーで信じられないほどボリュームを持たせ(ビッグヘア)、アイシャドウやチーク、リップも真っ赤や青など、原色を多用した濃いメイクが主流でした。
映画で見るマフィアの男たちとの「コントラスト」
おもしろいのは、映画の中の男たちとの対比です。
マフィアの男たちは、組織の伝統や格式重んじるため、ダークスーツや落ち着いた色のレザージャケット、フォーマルな格好(モノトーンや茶系)を好みます。
マフィアの男たちは、組織の伝統や格式重んじるため、ダークスーツや落ち着いた色のレザージャケット、フォーマルな格好(モノトーンや茶系)を好みます。
その一方で、彼らの妻や愛人、あるいはクラブにいる女性たちは、男性たちの稼いできた「裏金(現金)」を誇示するかのように、全身カラフルなブランド服や毛皮、大ぶりのゴールドジュエリーをジャラジャラと身にまとって街を歩いていました。映画の中で街やクラブのシーンがやたらと華やかに見えるのは、まさにこの女性たちのエネルギーに満ちたファッションのおかげです
C:この時代の車両について
1970年代から80年代のニューヨーク、特にブルックリンを舞台にしたマフィア映画に登場する車両(クルマ)は、「巨大、四角い、威圧的」なフルサイズのアメ車が主役です。
映画『グッドフェローズ』や『フェイク』でも、マフィアたちが大きなトランクに荷物(や、時には死体)を積み込み、我が物顔で街を流すシーンが象徴的に描かれています。この時代の車両の特徴を、マフィアたちの「愛車」の傾向とともに解説します。
1. 成功したマフィアの証「ラグジュアリー・クーペ / セダン」
裏社会でのし上がったマフィアや幹部たちが好んで乗ったのが、アメリカの富の象徴である最高級ブランドの大型車です。全長が5.5メートルを超えるような「陸の巡洋艦(ランドヨット)」と呼ばれる巨大なクルマたちでした。
キャデラック・フリートウッド / ブロアム(Cadillac Fleetwood / Brougham): マフィア映画といえばキャデラック。角ばったフロントグリルと、直線的で厳ついシルエットが特徴で、圧倒的な威圧感がありました。
リンカーン・コンチネンタル(Lincoln Continental): キャデラックと並ぶ高級車。特に70年代のモデルは、ライトが隠れる「リトラクタブル・ヘッドライト」を採用しており、夜のニューヨークのストリートで不気味な存在感を放っていました。
2. 若手マフィアやチンピラが好んだ「マッスルカー / 2ドアクーペ」
組織の下っ端や、まだ若いギャング、あるいはストリートの「粋がった男たち」は、よりスポーティーでワイルドな2ドアの大型クーペを好みました。
シボレー・モンテカルロ(Chevrolet Monte Carlo): 『グッドフェローズ』の主人公ヘンリー・ヒルも乗っていた、この時代を代表する人気車種です。流れるようなボディラインでありながら、サイズは巨大でした。
ポンティアック・グランプリ、ビュイック・リビエラ: V8エンジンの重低音を響かせて走るこれらのクルマは、ブルックリンの若者たちの憧れであり、不良文化のアイコンでした。
3. 当時のニューヨークの街を彩った「脇役」たち
マフィアの愛車以外にも、映画の背景に必ず映り込む「当時のニューヨークならでは」の車両があります。
- チェッカー・キャブ(イエローキャブ): 70〜80年代のニューヨークを象徴する、丸目でレトロな黄色いタクシーです。映画『タクシードライバー』の舞台にもなりました。
- ダッジやプリマスのパトカー(ポリスカー): マフィアを追うニューヨーク市警(NYPD)の車両です。当時は青と白(またはクリーム色)のカラーリングで、映画の中ではマフィアの巨大なアメ車と激しいカーチェイスを繰り広げました。
この時代の「車両」にまつわる面白い裏話
1970年代の途中でアメリカは大きな「オイルショック(石油危機)」を経験します。これにより、それまでの「どこまでも巨大で大排気量」だったアメ車は、80年代にかけて少しずつサイズダウン(小型化)し、四角い箱のようなデザインへと変わっていきました。
そのため、映画の中で「乗っているクルマのサイズや形」を見るだけで、そのシーンがオイルショック前のギラギラした70年代前半なのか、それとも規制が厳しくなった80年代なのかという時代の移り変わりを視覚的に感じることができます。
D:女性が顔に塗っていた青い液体は何?
女性が顔に「青い(または青白い)液体やクリーム」を塗っているシーン。それは、当時アメリカの女性たちの間で大流行していた「ノクセマ(Noxzema)」というスキンケア用のコールドクリーム です。
「ノクセマ(Noxzema)」とは?
1970年代〜80年代のアメリカにおいて、どこの家庭の洗面所にも必ず置いてあったと言われるほど超定番のクレンジング・保湿クリームです。
- 特徴的な「青」: クリーム自体は白に近い薄い青、もしくはトレードマークである「真っ青なプラスチックのボトル(コバルトブルーのジャー)」に入っていました。映画の画面越しだと、光の加減やボトルの色が反射して、顔に青い液体やペーストを塗っているように鮮烈に見えることがよくあります。
- 独特の使い心地: ユーカリやメンソール、樟脳(カンフル)が配合されており、塗ると肌がスーッとする独特の清涼感がありました。
- 劇中での意味: マフィア映画において、女性がこれを顔にべったり塗って髪をカーラーで巻いている姿は、「これぞ70〜80年代のリアルなアメリカの主婦(ギャングの妻)」という生活感を出すための定番の演出カットです。
もう一つの可能性:当時の「クレイパック(泥パック)」
もし、ボトルの反射ではなく「明らかに真っ青な液体・パック」を顔全体に塗っていた場合、当時ディスコブームや美肌ブームの中で流行した美容用のフェイスパック(モデリングマスクやクレイパック)の可能性もあります。当時はアボカドの緑や、ミント・海藻成分が入った鮮やかなブルーのパックを顔に塗って、ソファでくつろぎながら愛人と電話するような「派手で贅沢な女性」を象徴するシーンもよく描かれました。
E:劇中に登場するバレンシアとは
これは1970年代〜1980年代のアメリカ(特にニューヨークのイタリア系やヒスパニック系の家庭)で大流行した、「バレンシア・スタイル(Valencia Style)」と呼ばれるスペイン風のヴィンテージ家具のことです。
「バレンシア・スタイル」家具の特徴
スペインの都市バレンシアに由来するこのスタイルは、一一言で言うと「重厚で、装飾が過剰で、ゴージャス」なのが特徴です。
- ベルベットやビニールのパッチワーク: ソファの生地には、深みのある赤、緑、ゴールド、茶色などの分厚いベルベット(天鵞絨)地がよく使われました。
- ボタン留めのクローバー装飾: 背もたれに無数のボタンが埋め込まれ、モコモコとした立体感があるデザイン(タフティング)が定番でした。
- 重厚な木彫り: ソファの脚や肘掛け、周りのキャビネットには、ダークオークなどの暗く太い木材が使われ、大ぶりな彫刻が施されていました。
- プラスチックのカバー: 当時のアメリカの家庭(特にイタリア系移民の家)では、この高級なソファを汚さないために、透明なビニールカバーをかけたまま生活するのがお決まりの光景でした。
なぜマフィアの妻たちは「バレンシア」を好んだのか?
当時のマフィア(ギャング)の世界では、「家の中がいかに豪華であるか」が男のステータス(稼ぎの良さ)の証明でした。
洗練されたモダンなデザインよりも、一目で「高そうだ!」と分かる、バレンシアスタイルのような重厚でクラシック、悪く言えば「成金趣味(マフィア・シック)」なインテリアが好まれたのです。裏社会で手に入れた大金(現金)を、こうした目に見える派手な家具や、先ほどのカラフルなファッション、ゴールドの装飾に変えるのが彼らの文化でした。

