映画『逃亡者』(原題: The Fugitive)は、1993年に公開されたアメリカのサスペンス・アクション映画です。1960年代に社会現象を巻き起こした大ヒット同名テレビドラマをベースに映画化され、世界中で約3億6800万ドルにのぼる大ヒットを記録しました。この映画の時代背景やファッションについて解説考察。
A:『逃亡者』の舞台シカゴの当時の時代背景について
1. 舞台となった地域:シカゴ
- 聖パトリック・デーのパレード
物語の終盤、キンブルがジェラード保安官の追跡を巻くために紛れ込むのが、シカゴ名物の「聖パトリック・デー(シカゴ川を緑色に染めるアイルランドの祝祭)」の巨大パレードです。このシーンは実際のパレードの最中にゲリラ撮影に近い形で敢行され、シカゴの文化的背景が色濃く反映されています。 - 高架鉄道(シカゴ・L)
シカゴの象徴である高架鉄道(通称「L」)も重要な舞台です。ジェラード保安官がキンブルの潜伏先を突き止める決定打となるのが、キンブルからの公衆電話の背景にかすかに聞こえた「次は、マーチャンダイズ・マート(駅名)」という車内アナウンスの録音データでした。 - 経済格差を象徴する2つの顔
キンブル自身の豪邸や黒幕たちが集う豪華な「ヒルトン・シカゴ」といったアッパーミドルの華やかな世界がある一方で、キンブルが身を隠す裏通りの安アパートや、ヒスパニック系の住人が集まる下町の病院など、大都市シカゴが抱える「光と影」がリアルに描写されています。 - (補足) 冒頭の劇的な列車事故はノースカロライナ州の山岳地帯、ダイブする巨大なダムはノースカロライナ州のチェオア・ダムで撮影されました。
2. 当時の時代背景(1990年代初頭)
- キンブルは「公衆電話」を使い、ジェラードらは「FAX」や「有線の大型PC」、初期の分厚い携帯電話(モトローラ製など)で追跡します。
- 指紋や顔認証ではなく、「病院のIDカードの偽造」や「カルテの直接閲覧」など、キンブルが知略と肉体労働で潜入できたのも、この絶妙なアナログ感が残る時代ならではのリアリティでした。
- 90年代はアメリカの医療費高騰や、新薬開発による巨額のマネーゲームが社会問題化し始めた時期です。
- 正義の象徴であるはずの「医師(医学界)」が金のためにデータを改ざんし、同僚の命まで狙うというプロットは、当時の観客に「身近に潜む近代社会の腐敗」として強い現実味(リアリティ)を与えました。
- 物語の冒頭、警察はろくな捜査もせず、緊急通報の誤解だけでキンブルを犯人と決めつけます。この「お役所仕事の警察」に対し、トミー・リー・ジョーンズ演じる連邦保安官(U.S. Marshal)は、政治的思惑に流されず徹底的に「事実と証拠」だけを追う独立した超一流のプロフェッショナルとして描られました。この対比が、当時の観客に強烈なカタルシスを与えたのです。
B:劇中に登場するハリソン・フォードやトミー・リー・ジョーンズ当時のファッションについて
「1990年代初頭の「クラシックなアメリカン・トラディショナル」と「実用性(機能性)重視のワークウェア」の融合が色濃く反映されています」
1. リチャード・キンブル(ハリソン・フォード)
- 冒頭:シカゴの上流階級スタイル
事件前のキンブルは、シカゴの超エリート医師。タキシード姿のパーティーシーンから始まり、自宅では仕立ての良い上質なテーラードジャケットや、ボリュームのあるウールコートを着用しています。これらは当時のアメリカのアッパーミドル(富裕層)の象徴です。 - 逃亡中:90年代リアル・ワークウェア
脱走後のキンブルは、街に紛れ込むためにひげを剃り、髪を染め、服装を完全に「労働者(ブルーカラー)」に変装させます。- カーキのワークシャツやデニムジャケット、チノパンなど、当時アメリカの労働者が日常的に着ていた「Carhartt(カーハート)」や「Dickies(ディッキーズ)」を彷彿とさせる、あえてクタクタに使い古された衣装が選ばれました。
- 終盤、シカゴの街を駆けるシーンでは、動きやすさを重視したオーバーサイズのブルゾン(レイヤードスタイル)を着用。当時の90年代らしい、肩パッドが落ちたゆったりとしたシルエットが特徴です。
2. サミュエル・ジェラード保安官(トミー・リー・ジョーンズ)
- 機能性重視のアウターとアースカラー
ジェラードは、泥臭い捜査現場でも動きやすいトレンチコートや、厚手のレザージャケット、ハンティングジャケット風のコートを好んで着ています。色はベージュ、ブラウン、カーキといったアースカラーが中心で、彼の「泥臭く、執念深く足で稼ぐ」キャラクターを補強しています。 - 90年代のネクタイ・スーツのシルエット
オフィスや公の場に出る際のスーツスタイルも、90年代初頭特有の「3つボタン、または2つボタンのゆったりとした身幅のジャケット」に「幅の広い(ワイド・タイ)ネクタイ」の組み合わせです。現代のスリムなスーツとは異なり、全体的にボリューム感のあるシルエットが男らしさを際立たせています。
3. 当時のトレンドと本作の衣装のポイント
- 「1960年代のドラマ版」との大きな違い
1960年代のテレビドラマ版のキンブル(デヴィッド・ジャンセン)は、逃亡中も常に細身のネクタイにジャケットという「当時のジェントルマンスタイル」を崩しませんでした。しかし、1993年映画版では、よりリアルなサスペンスを追求するため、「カモフラージュ(周囲に溶け込むこと)」を目的としたカジュアル・ワークウェアが採用されました。 - シカゴの「寒さ」を凌ぐ実用性
映画後半の舞台である冬のシカゴは非常に寒冷です。そのため、登場人物たちはみな「首元までボタンを留めたシャツ」「インナーにセーターやスウェットを重ね着(レイヤード)するスタイル」をしており、これが90年代のアメリカン・カジュアル(アメカジ)のリアルな空気感をそのまま伝えています。
C:『逃亡者』の舞台シカゴの当時の車両について
「登場する車両(クルマや列車)は、1980年代後半から1990年代初頭のアメリカのリアルな路上の空気感を完璧に映し出しています。」
1. 物語の運命を変える「大型車両」
- 護送バス:1970年代製 GMC・インターシティー・コーチ
冒頭、キンブルを含む囚人たちを乗せて走る青い刑務所バスです。この無骨で頑丈なアメリカの旧式バスが、車内での暴動をきっかけに線路へ転落したことで、キンブルの逃亡劇が始まります。 - 激突する列車:コーンレール(Conrail)の貨物列車(GE製 U30C形 ディーゼル機関車など)
映画史に残る「バスと列車の衝突・脱線シーン」で、バスを容赦なく破壊し尽くす巨大な貨物列車です。- 撮影の裏話: 監督のアンドリュー・デイヴィスはミニチュアやCGを嫌い、本物の廃車バスと本物のディーゼル機関車を時速約60キロで実際に衝突・脱線させました。この時の実物車両の残骸は、現在もノースカロライナ州シルバ近郊の山中に「観光名所」としてそのまま残されています。
2. 追跡する警察・連邦保安官チームの車両
- ジェラード保安官の愛車:1991年型 フォード・クラウンビクトリア(初代)
ジェラードら連邦保安官チームが移動や追跡に使用する覆面パトカー(ポリス・インターセプター仕様)です。当時は、角張った80年代のデザインから、90年代らしい「丸みを帯びた近未来的デザイン」への過渡期でした。この初代クラウンビクトリアは、まさにその時代の先端を行くアメリカン・パトカーの象徴です。 - シカゴ警察のパトカー:1980年代後半型 シボレー・カプリス / フォード・LTDクラウンビクトリア
シカゴ市警の白と青のパトカーとして大量に登場します。こちらは一世代前の「四角くて巨大なアメ車」の代表格であり、ジェラードたちの最新鋭の追跡チームと、少し泥臭い地元警察との格差が車両の型落ち感でも表現されています。
3. キンブルが逃走・潜伏中に遭遇する一般車両
- エリート時代(冒頭):1990年型 リンカーン・タウンカー
事件当日、パーティー帰りのキンブル夫妻が運転手付きで乗っている高級セダンです。四角く、巨大で、格式高いこのクルマは、彼がシカゴのトップクラスの成功者であることを静かに物語っています。 - 逃亡中の街並み:日米の自動車覇権争いの名残
キンブルが潜伏するシカゴの下町には、1980年代製のシボレーやフォードのくたびれた大型セダン・ステーションワゴンが多く配置され、リアルな生活感が演出されています。
同時に、90年代初頭はアメリカ市場で日本車(トヨタ・カムリやホンダ・アコード、日産・マキシマなど)が爆発的に普及し、アメ車を脅かしていた時代でもあります。劇中の背景をよく見ると、当時のアメリカのリアルなモータリゼーション(日米のクルマが混在する風景)がそのまま記録されています。
D:劇中に登場する「Windows95」以前のPCについて
「劇中に登場するパソコンはWindows 95が発売される前の「MS-DOS」や「Windows 3.x」、あるいは初期の「Macintosh」や「UNIX系ワークステーション」が主流だった時代の古いタイプ(CUI・初期GUI環境)です。」
1. 劇中に登場する主な機種とシステム
- 連邦保安官事務所(ジェラードたちのオフィス):
IBM製の「PS/2」シリーズ(Model 50や70など)や、Sun Microsystems(サン・マイクロシステムズ)の業務用ワークステーション「SPARCstation 1」などが使用されています。 - 画面の見た目:
文字入力がベースの黒い画面(MS-DOSやUNIX系)や、非常にシンプルでカクカクした初期のグラフィック画面(Windows 3.1や初期Mac OSに近いもの)です。現代のようにインターネットブラウザを開いて「Googleで検索」するような手軽さは一切ありません。
2. 当時ならではの「パソコン捜査」のリアル
- 文字(コマンド)を入力してデータを呼び出す
ジェラードの部下たちがカタカタとキーボードを叩いて、シカゴ市内の「義手(隻腕)の男」のリストを抽出するシーンがあります。現代ならクリック一つで顔写真付きのリストが出ますが、劇中ではドットの粗い文字データを1件ずつスクロールして確認しています。 - データ共有は「フロッピーディスク」や「有線」
データを持ち運ぶ際は、四角い「3.5インチ・フロッピーディスク」が使われています。ネットワークで世界中が繋がっているわけではないため、シカゴ警察のデータベースにアクセスするのにも一苦労する時代でした。 - 病院の大型データベース
キンブルが病院に潜入して「義手のリペア(修理)記録」を閲覧するシーンでも、ブラウン管の大きなモニターに映る原始的な医療管理システムを操作しています。
『この映画が今なお色褪せないのは、「パソコンが万能ではない時代」。もしWindows 95以降にインターネットやWindows機が爆発的に普及し、2000年代以降のGPSや監視カメラ社会になっていれば、キンブルは最初の数日で捕まっていたかもしれない』
E:舞台シカゴのパレードのシーンはゲリラ撮影?
「物語の終盤、キンブルがジェラード保安官の追跡を巻くために紛れ込むあの緑色に染まったお祭りは、アイルランドの祝祭である「聖パトリック・デー(セント・パトリックス・デイ)」のパレードです」
1. 本物のパレードへの「ゲリラ乱入」撮影
- リハーサルは一切なし:
大混雑する群衆の中にカメラマンが手持ちの隠しカメラ(ステディカム)を持って並走し、一発勝負で撮影されました。 - なぜ周囲にバレなかったのか?:
当時すでに大スターだったハリソン・フォードですが、劇中では逃亡者として必死に気配を消していたこと、そしてパレードの参加者が配っていた「緑色のピエロの帽子」をパッと被って完全に周囲に溶け込んだため、一般の群衆は本物のハリソン・フォードだと数分間まったく気づかなかったそうです。

